やゆファイル(熊本少年剣道洗心会日記)

自分の事と熊本県山都町(矢部)少年剣道洗心会の事

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迷いの日々

大会で合いますと、諸先生方に「ブログの更新はまだか」とお叱りを受けます。

何でもそうですが、迷いがあると良い物はできません。

剣道でも、迷いを、怖さを捨て切ってこそ、素晴らしい打突に繫がります。

さて、私の記事には最近迷いがあり、無難な感じが漂っております。
皆様の前にお出しできるような記事に仕上がらないのです。

私自身が迷いある人生を今生きているのでしょう。
等ブログは記事は上がらずとも、私の魂です。

たまに読み返してみると、いい事書いています。
迷いない、捨てきった記事です。

少年剣道指導に関しましては、ここも迷いの日々です。
ただ、迷い無く言えることがあります。

一生懸命やっている、ということ。
子らに感謝している、ということ。
どの子にも平等である、ということです。

平等と言う価値観は、人によって違いますが、私の考えの下では平等です。
後は、学ぶ心があるのかどうか、と言うことでしょう。

さて、私のなかでの迷いは、「正さとは何なのか」だと思っています。

自分が思う、こうだ、と言う正しさに自信がもてない部分が多いのです。
心の中に、芯は持ちつつ、他人の話が聞ける。
そのバランスが上手く取れない日々です。

今まで自分に甘く生きてきた結果でしょう。

さてさて、今日も頑張りましょう。
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  1. 2010/11/08(月) 09:47:21|
  2. 稽古にて
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下克上

近頃下克上です。

6年生一人の我がチームは、5年生が主流のチームです。
しかし、3年生にいいのが出てきまして、5年生がほとんど勝てないので、今次鋒です。

で、この前の宇城大会は、先鋒が発熱で急遽、4年生の補員とチェンジ。
この子が奮起、いい剣道していました。
この子、大会で自信を持ったみたいで、翌日の稽古は別人になっていました。

補員まで入れて6人中5人は5年生だったのが、現在6年1人・5年2人・4年1人・3年2人と言う構成に・・・。

レギュラーになる子が身体能力が特別高いと言うわけでない。

レギュラーに入ってくるような子は、稽古の時から元気がいい。
言われたことを出来ないまでも、少しでも出来るようになろうと必死さが見える。
勝つようになろうと必死さが見える。
工夫が見える。

いざ、地稽古になると、先生の前に並ぶのが早い。
地稽古は毎回やるのだが、かれこれ2ヶ月くらい稽古していない子もいる。

こりゃー、差が出来ますなー。
求めている子供と求めていない子の稽古の質の差は歴然ですよね。

指導し初めの頃は、やる気が無い子はメチャメチャ説教して、懸かり稽古つけていましたが、今はあんまりやりません。だって、その時間やる気がある子に何人も稽古つけることが出来ない。鳴らない太鼓を、修理してなるようにして鳴らすのか、その間にパンパンに貼った太鼓をたくさん鳴らすのか。

あるノーベル賞受賞者が「神様はチャンスを平等に与えて下さる。ただ、求めないものにはチャンスは見えない」みたいなことを言っていました。稽古は同じ時間に、同じ内容で行うのだから、チャンスは皆に平等である。ただ、求めているのか求めていないのかの差であると思う。

話は変わるが、夏の全国大会のメンバーをすでに決めうちしている者がいるそうな。
どうせ、出れないから・・・って、おいおい、そんな先のメンバーは決めていないよ。

求めないことにもほどがある。
強くなりたい、勝ちたい、試合に出たいって思わないと質の高い稽古にはならないと思う。

まずは、年下にレギュラー取られた5年生に奮起してもらいたい。
悔しさをバネしてもらいたい、っていうか、くやしがってもらいたい。

そうなったら、下克上、おおいに結構である。






  1. 2010/11/09(火) 19:43:04|
  2. 稽古にて
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文武両道

「山下でんき通信」と言うものをチラシやカタログといっしょにお客様に、定期的に配っております。
そこに、ちょっとしたコラムを書くのですが、ちょっとよく出来たのでブログに上げます。

以下・・・↓↓↓


子供が3人いる私ですが、将来役に立ちそうなことを今のうちから、子供にしてほしいと思うものです。

しかし、思うようには行きません。
勉強しなさいと言ってもなかなかしてくれないものです。
子供たちに将来役に立つからと言っても、なかなか心に響かないのでしょう。

私も子供の頃「勉強しなさい」と何度言われたことか・・・。
結果、今の私です。
大人の言うことは、理論です。
理論は心に響かないものです。
心に響かないと、子供に限らず人は動かないものです。
まして、子供たちに「将来・・・」と言っても心に響きにくいでしょう。

話は変わりますが、一流のスポーツ選手って、頭のいい人が多い。
考えながらやらないと、一流にはなれないですものね。
頭がいいから一流なのでしょうか。
そうではない気がします。
彼らはとにかく一生懸命なのです。
心から上手くなりたいのです。
だから、頭をフル回転させなければならないのです。
結果、頭がいいのです。

話を戻しまして、子ども達には心動く、ようするに一生懸命なれる事柄が必要なようです。

日本では昔から「文武両道」といいますが、「文」も「武」も大成させなければいけないと思ってしまいます。
私はそうは思いません。
大成するにこしたことがありませんが、 「文」も「武」も目指すことに意味がある。
「武」とはスポーツに限らず、「何か一生懸命なこと」だと思います。
例えばノーベル賞科学者にとって「武=研究」と言うことになります。

「文」と「武」はお互いがスパイスなのです。
何かを一生懸命やっている子供たち・・・

将来有望です。

↑↑↑↑以上です。


少年剣道はまさに「武」であります。

しかし、上記に書いたように、一生懸命にならないとスパイスにはならない。
一生懸命、それは、学び求める心です。

大成することが大事なのではなく、「負けたくない」と思い一生懸命考え、頑張る過程が「武」の真骨頂。

強くなる、強くならないはあくまで結果論。
私はもちろん一生懸命ですが、子供たち、マジになろうぜ。


  1. 2010/11/11(木) 12:57:59|
  2. 稽古にて
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見学して思う

中学校、高校の合同稽古に我が子を参加させました。

ほとんどが基本稽古。
矢部高校のM先生が懇切丁寧に指導して下さいました。

私は保護者として稽古を見ました。
いわゆる、見学です。
見学とは見て学ぶ行為。
他に来ておった、小学生の親さんも稽古を見学しておられました。
小学生は5人参加しましたが、我が親が見ている意識か、普段より緊張感を持って稽古できたようです。

親が稽古を見学することの効果を実感しました。

私が子供の頃は、道場の周りを囲むようにずらりと親が見ており、私の父などは地稽古中に気合が入っていない私を、後ろから竹刀で叩きよったですね。
あの頃はイヤだったですが、お陰で質の高い稽古になっていたように思います。

また、親は見取り稽古の如く稽古を見ており、自分が学ぶつもりで見ておったように思います。
勝たない、弱い私をどうにかして強くしたかったんだと思います。

もうすぐ、子供が中学生になり、保護者として剣道を見ることが出てきます。
親として、出来る限り稽古に出向き、我が子の様子を見守りたいと思いました。

M先生お世話になりました。
また、お邪魔させて下さい。

そういえば、数年前に我が孫の稽古を時間があれば見学に来るおばあちゃんがいました。
剣道というものは、素人には難しいものです。
いつ打突が一本になったのかを見極めるのには、普段から真剣に稽古を見なくてはならないのです。
そのおばあちゃんは、ほとんどの試合にこられましたが、とうとう他の親に解説するほどになられました。
見取り稽古三段くらいはあげてよかったと思います。

今はそうなりそうなお父さんが数名おられます。
稽古を見るときは真剣そのもの。
そのうち初心者位には稽古をつけれそうな勢いです。

子供からすればイヤなんでしょうが、稽古は気を抜けずいい感じです。

私は指導者なので当然ですが、そのおばあちゃんも、数名のお父さんもまずは稽古に出向くと決めておられるのでしょう。
そうでなくては、そうそうこれないでしょう。
「行く」という「意思」ありきなんだと思います。

子供たちが一生懸命なんだから、親が一生懸命になるのは当たり前。
そんなことを、ある高校の保護者が言われていたのを思い出します。

子供たちから、親さんたちから学ぶこと多い、指導人生です。


  1. 2010/11/17(水) 09:03:58|
  2. 稽古にて
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